月夜の漢詩:杜甫の名作とその現代語訳・解説

中国の漢詩

杜甫の有名な詩である「月夜」をご紹介したいと思います。この詩の読み方、現代語訳、詩の構成から基礎的な漢詩の規則についても説明していきます。

この「月夜」は安禄山の乱のときに杜甫が首都長安で軟禁状態にあった時に、読んだもので、家族への思い、心情に満ち溢れている詩です。

「月夜」の詩文とその現代語訳

月夜の詩は、杜甫の深い感情と家族への愛情が詰まっています。 この詩を通じて、古代中国の詩人の心情やその時代の背景を感じることができます。

杜甫の「月夜」は次のような詩です。

月夜

今 夜 鄜 州 月

閨 中 只 独 看

遥 憐 小 児 女

未 解 憶 長 安

香 霧 雲 鬟 湿

清 輝 玉 臂 寒

何 時 倚 虚 幌

双 照 涙 痕 乾

杜甫の「月夜」の読み方は

月夜

今夜鄜州(ふしゅう)の月

閨中(けいちゅう)ただ独り看る。

遥かに憐れむ小児女の

未だ長安を憶うを解せざるを。

香霧(こうむ)に雲鬟(うんかん)湿(うるお)い

清輝(せいき)に玉臂(ぎょくひ)寒からん。

何れの時か虚幌(きょこう)に倚(よ)り

双に照らされて涙痕(るいこん)乾かん。

杜甫の「月夜」の現代語訳は

今夜、鄜州(ふしゅうは長安の北100㎞ぐらいのところにあり、家族が逃れているところです。)にも月が出ているだろう。

閨中(女性の部屋のことですが妻の部屋です。)では只独りで見ていることだろう。

遥かに離れたところからいとおしく思う、小さな子供たちが

未だに長安に居る私のことを憶位出せないことを。

前半はこのように、遠く離れた家族のことを思いやっているのです。後半に行きます。

香霧(こうむはかぐわしい夜霧のことです。)に雲鬟(うんかんは豊かで美しい髪を束ねて輪の形にしたもの)湿(うるお)い

清輝(せいきは清らかな月の光)に玉臂(ぎょくひは艶やかな腕)寒からん。ここら辺になってくると言葉が我々にとっては難しいですね。

前半は、家族全体が対象だったのですが、後半になってくると対象が妻に絞られてきます。

何れの時か虚幌(きょこうは薄い帳)に倚(よ)り、双に照らされて今のこの涙痕(るいこん涙の後)が乾くことがあるだろうか。

今は離れ離れになっているけれど、何時かあってともに涙が乾くことができるようになるだろうかと、思いを募らせているのです。

家族、最後には妻に思いを寄せたしっとりした詩であることがわかります。

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「月夜」の漢詩技法:押韻、平仄、対句の解析

漢詩の技法や構造は、一見難しそうに思えますが、実はその背後には詩人の緻密な計算と情熱が隠れています。 これを学ぶことで、漢詩の奥深さや美しさをより深く理解することができます。

情感はここまでとして、この詩の構成などを検討していきましょう。この詩は一句5言で8句ありますので、大抵は五言律詩として見当をつけてよいと思いますが、一応念のためポイントを調べていきたいと思います。

杜甫は律詩の名手ですので、大抵は大丈夫なのですが。

杜甫の「月夜」の押韻について調べます

二句目、四句目、六句目、八句目の末字の看、安、寒、乾の字はいずれも平字の「寒」ですので大丈夫ですよね。

次に、一句目、三句目、五句目、七句目の末字月、女、湿、幌の字を調べます。いずれも仄字ですのでこれも大丈夫ですね。

二四不同を確認しましょう。

各句の二字目と四字目がどのようになっているかです。

一句目の夜と州は仄字●と  平字〇の尤

二句目の中と独は平字〇の東と仄字●

三句目の憐とは平字〇の先と平字〇の先

四句目の解と長は仄字●と  平字〇の陽

五句目の霧と鬟は仄字●と  平字〇の刪

六句目の輝と臂は平字〇の薇と仄字●

七句目の時とは平字〇の支と平字〇の魚

八句目の照と痕は仄字●と  平字〇の元

こうしてみていく習慣をつけるのが大切なのですが、これを見ていくと三句目と七句目がなぜか変ですよね。

原則は二字目と四字目は平仄が違わなければならないのですが、平字、平字となっています。その当時の発音の問題かどうかはわかりませんが、時々こんなことがあります。

日本だったらダメなのですが、ネイティブの大詩人杜甫ですからこれで良いのでしょう。

杜甫の「月夜」の平仄の繋がりを見ていきます

一句目は仄字、平字、二句目になって平字、仄字で逆さまになっていますから反法で繋がっています。三句目は平字、平字ですから本来は、平字、仄字となると捻法でつながりが良くなるのです。

そして四句目は仄字、平字で反法で繋がっています。後半も同じ構成です。

杜甫の「月夜」の対句を検証します

頷聯(がんれん、三句目と四句目のことです)の構成を見ます。実はこれはとっても難しいので解説しにくいので、今回はさらっと解説します。

遥憐小児女

未解憶長安

遥と未は副詞ですね。そして憐と解は動詞です。児女と長安は名詞になります。問題は、小と憶です。小は形容詞ですが、憶はどう見ても動詞ですね。でもこれを同じとしています。

更に、この二行は、二行で一つの文章を形成しています。これを流水対と言います。

頸聯(けいれん、五句目と六句目のことです)は簡単です。

香霧雲鬟湿

清輝玉臂寒

香 霧と清 輝は名詞で主語になりますからわかりますね。雲 鬟と玉 臂は目的語で名詞ですからこれも対ですよね。 湿と寒も対になりますね。

これでルールは終わりです。お疲れさまでした。

杜甫の「月夜」:背景とその時代の影響

最初に軽く解説しましたが、この詩は至徳元年(756年)杜甫が45歳の秋に作られたと言います。安禄山の乱が勃発して2年になり、既に首都長安は陥落して、反乱軍に押さえられてしまっています。

安禄山の軍が首都長安に迫ってきたとき、5月に杜甫一族は北の鄜州に逃げ出してしまうのです。また、玄宗皇帝の一行も6月には首都長安を脱出します。

この時に楊貴妃の悲劇が起こるのですが、これは別の機会にしましょう。このままいれば何も問題なかったのです。

ところが、7月に玄宗の息子が長安の北西にある霊武で即位し粛宗となります。

杜甫はこの知らせを聞いて、8月に唐の再興に尽くそうと単身霊武に向かいますが、途中で安禄山の軍につかまり、長安に連行されて軟禁状態になるわけです。こんな状態で作られた詩です。

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「月夜」の鑑賞と漢詩の深い魅力

杜甫の「月夜」について、詳細に解説してきました。漢詩の解説も、五言律詩ぐらいまでは何とか全文を解説できますが、これを超えると大変な分量になりますので大変です。

しかも律詩は、絶句に比べると対句の導入が必須となっていますので、解説に苦労することになります。

それでも、秋の夜などに月を眺めながら、この詩を味わうのも良いかと思います。

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