旧正月(春節)というと、爆竹の音や赤い飾りを思い浮かべる人も多いはず。でも、そのイメージの源流をたどると、実は一首の漢詩に行き着きます。それが、北宋の政治家・文人である王安石の「元日」です。
王安石「元日」──春節を切り取った七言絶句
原文
爆竹聲中一歲除 春風送暖入屠蘇 千門萬戸曈曈日 總把新桃換舊符
読み下し
爆竹の聲中(せいちゅう) 一歳(いっさい)除(お)わり、
春風(しゅんぷう) 暖(あたた)かさを送りて屠蘇(とそ)に入る。
千門萬戸(せんもんばんこ) 曈曈(とうとう)たる日、
總(すべ)て新桃(しんとう)を把(も)って舊符(きゅうふ)に換(か)う。
現代語訳
爆竹の音が鳴り響く中で一年が終わり、
春風が暖かさを運んで屠蘇酒の香りに入り混じる。
無数の家々の門に、明るい朝日が差し込み、
みな古い門符を外して、新しい桃符に貼り替えている。
音(爆竹)、香り(屠蘇)、光(朝日)、そして手の動き(桃符の貼り替え)。わずか四句で、春節の朝の空気が一気に立ち上がる、非常に完成度の高い詩です。
平仄と韻から見る「元日」の美しさ
「元日」は、形式面でもよく整った七言絶句です。ざっくり言うと、平仄(ひょうそく)のリズムと韻の統一感が、読み心地のよさを支えています。
平仄のリズム
代表的な句を一つだけ挙げると、第一句「爆竹聲中一歲除」は、
仄仄平平仄仄平
という、七言絶句の基本形にぴたりと合うパターンになっています。意味だけでなく、音のリズムも「新年の高揚感」を演出しているわけです。
韻は上平声「魚」韻で統一
1・2・4句の末尾「除・蘇・符」は、いずれも平水韻で上平声「魚」部に属し、同じ韻を踏んでいます。3句は韻を踏まないのが絶句の定型なので、形式としても正格に近い作品です。
王安石という人物──改革者であり、一流の文人
この詩の作者・王安石は、単なる詩人ではありません。北宋の名宰相として、国家の大改革「新法」を推し進めた、きわめて政治色の濃い人物です。
政治家としての王安石
- 宋神宗のもとで宰相となり、「新法」改革を主導
- 財政再建、軍事強化、農民救済など、国家の構造改革を目指した
- 保守派との対立も激しく、評価が大きく分かれる人物
文人としての王安石
- 「唐宋八大家」の一人に数えられる名文家
- 文体は簡潔で力強く、理知的
- 一方で、自然や庶民の生活を温かく描く詩も多い
「元日」は、政治闘争のただ中にいた王安石が、ひととき政治から離れ、庶民と同じ目線で春節を楽しんでいるような、柔らかい一面が見える作品だと言えます。
桃符とは何か──木の板に宿る「魔除け」の力
「元日」のラストを飾る一句、
總把新桃換舊符(みな新しい桃符を持ってきて、古い符と取り替える)
ここに出てくる「桃符」がわかると、この詩の情景が一気に鮮明になります。
桃符の正体
- 桃の木の板に文字を書いた、門に掛ける魔除け札
- 桃は古代中国で「邪気を祓う霊木」とされていた
- 門神の名前や呪文、家内安全を祈る言葉などが刻まれた
春節には、旧年の桃符を外し、新しい桃符に取り替えるのが重要な儀式でした。王安石は、その瞬間を「新しい年の始まり」として、詩の締めくくりに据えています。

桃符から春聯へ──現代の春節飾りへの進化
「桃符」と聞いてもピンとこないかもしれませんが、現代の中国の春節でよく見る「赤い紙の対聯(春聯)」と言えば、イメージしやすいはずです。
春聯とは
- 赤い紙に黒や金の文字で吉祥語を書いたもの
- 左右一対の対聯と、上部の横批の三点セットが一般的
- 内容は「招財進寶」「福壽安康」など、福や繁栄を願う言葉

桃符 → 春聯の流れ
| 時代 | 名称 | 材質 | 内容 | 目的 |
|---|---|---|---|---|
| 古代〜宋代 | 桃符 | 桃の木の板 | 門神名・呪文など | 邪気払い・家の守護 |
| 宋代以降〜現代 | 春聯 | 赤い紙 | 吉祥語・祝福の言葉 | 開運・新年の祈願 |
王安石の時代は、まさに木製の桃符から紙の春聯へと移り変わっていく過渡期でした。「新桃換舊符」という一句には、古い年を脱ぎ捨て、新しい年の福を迎え入れるという、文化的な意味がぎゅっと詰まっています。
「元日」を通して旧正月を味わう
爆竹の音、屠蘇の香り、朝日の光、桃符の貼り替え──王安石の「元日」は、旧正月の朝の一瞬を、これ以上ないほど凝縮して見せてくれる詩です。
もし、次の旧正月を迎えるときがあれば、この詩の一節を思い出してみてください。街の喧騒や飾りの一つひとつが、千年前の都・汴京と静かにつながっていく感覚を、きっと少しだけ味わえるはずです。
